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社内レポート

2012年5月9日(水)

企業・業界の真髄を見抜く Vol.2

配当を発表したアップル。その投資と回収のサイクルとは?

GMO最新ネット業界レポート「企業分析編」。本シリーズ執筆者であるGMOインターネット株式会社グループ財務部 丸山敦士氏が独自の視点でまとめた「企業分析」について解説する。

今回は、配当を発表した「Apple Inc.」(以下、「アップル」)の「"投資"と"回収"のサイクル」をキャッシュフロー・マトリクスなどを用いて読み解いていきます。

記事INDEX

配当を発表したアップル、その理由とは?

配当・自社株買いなど総額450億ドルの株主還元プログラムを発表したアップル。
このニュースを受け、アップルの株価は続伸しています。
Webでは以下の様な声をよく耳にしました。


「配当するのだから株価が上がって当然では?」
「スティーブ・ジョブズ死去後、経営者が変わり新しい投資方法を検討できていないのでは?」
「配当するということは、成長企業としてのフェーズが終わったということ?」



同じ配当という現象に対し、ネガティブ要素とポジティブ要素の両方の反応に分かれているようです。
これは、配当・自社株買いという株主還元策は、"企業の実態"によって異なったメッセージを伝えるからです。

アップルが配当を開始した最大の要因は、製品が売れた結果、キャッシュがたまり続けていったということにあります。

それを表したのが次の図になります。

上記は、アップルの貸借対照表(B/S)から資産を抜き出し「1:事業用資産」と「2:余剰財産等」の2つに分けてみたもの。いわば、アップルの"蔵"の中身です。

余剰財産がすごい勢いで積み上がっています。
その額、2007年9月から2011年9月の4年間で約660億ドル。特に直近の2年間の伸びが顕著になっています。アップルの好調は現在進行中で、2011年12月末には975億ドルにも上っています。

これは、2011年9月から12月までのわずか3ヶ月間で160億ドルも上積みされたことになります。2012年に入っても新しいiPadが好調なアップル。さて、この勢いはどこまで続くのでしょう。

ちなみに、この160億ドルという数字、偶然にも2012年3月期のソニー株式会社の赤字5,200億円、パナソニック株式会社の赤字7,800億円を合わせたものと同じような数字になっています。絶対値は逆なのですが、ここまで明暗が別れるものなのかと思わず愕然としてしまいます。

"蔵"の背後には"事業"がある

さて、"蔵"は何もないところから生まれてくるわけでは、ありません。

その背後には"事業"があります。この"事業"について考えることこそが"企業の実態"に迫ることになります。
具体的には「"投資"と"回収"のバランスはどうなっているのか」ということです。

一般に、企業は事業にキャッシュを"投資"して、その事業を通じてキャッシュを"回収"するというサイクルを回し続けていきます。市場が成長している段階では、企業は将来の"回収"のため、"投資"を続けます。

しかし、市場の成長はいつまでも続くわけではなく、やがて成熟していきます。すると"投資"をしてもそれに見合う"回収"が見込めなくなります。そうして、"投資"の規模は小さくなっていきます。配当は往々にしてこの金余りのタイミングで行われることになります。

"投資"には企業の意思が現れます。"投資"と"回収"のサイクルがどうなっているのか?これを把握することが大事になります。

成長まっただ中のアップル- キャッシュフロー・マトリクスで企業の実態を知る

"投資"と"回収"のサイクルがどうなっているのか?を把握するために、横軸に"回収"、縦軸に"投資"をとったマトリクスで見るとよいでしょう。

右に行くほど事業からキャッシュを得ていて、下に行くほど投資をしているということになります。
そして、斜めに走る点線より上部にプロットされていればキャッシュが大きく増えていることになります(詳しくは「キャッシュフロー計算書(CF)とは?」を参照)

財産の額と同じく、配当開始を発表するまでの5年間のアップルの"投資"・"回収"をプロットしたのが次の図です。

まずは、横軸の"回収"を見ていきましょう。

だんだん右方向にシフトしていっているのがわかります。特にこの2年の伸びは顕著で、2010年には200億ドル弱、2011年の数字は400億ドル弱とほぼ倍増しています。足元も好調で2011年の9月-12月には100億ドルのキャッシュを得ています。

次に、縦軸の"投資"を見てみましょう。
横軸に比べると変化は小さいですが、だんだん下方向に伸びているのがわかります。つまり、投資の額が大きくなっているということです。2011年の数字は70億ドル超。冒頭に紹介した「スティーブ・ジョブズ死去後、経営者が変わり新しい投資方法を検討できていないのでは?」は、当てはまらないということです。

"投資"を加速させていることから、アップルは成長まっただ中の企業といえます。
冒頭の「配当するということは、成長企業としてのフェーズが終わったということ?」はこれもまた、当てはまらないといえます。

アップルが普通の企業と違うのは、"回収"の水準が尋常ではないということ。過去最大の"投資"をこなした上で、それでもなお、"蔵"から溢れんばかりの"回収"する力がある・・・。450億ドルという数字も、納得のものに見えてしまうから驚きです。

このように財務の面から見ても規格外の存在、それがアップルなのです。
あり余るキャッシュは株主の皆さんに還元しましょうというのは、ファイナンス理論的に考えれば「普通」といえるかもしれません。

配当で「成長の終わり」を告げたMicrosoft Corporation(以下、「マイクロソフト」)

アップルが配当を発表したのは成長まっただ中のことでした。
これに対し、一般に配当は投資対象が見つけられない成熟企業が行うものとされています。
こういった状況での配当は「自らは成長企業ではなく成熟企業です。成長余力があまり残されていません」というメッセージを伝えることになってしまいます。

「成長企業」という前提が外れると、配当というニュースにもかかわらず株価が下がってしまうケースがあります。その代表格がマイクロソフトでした。マイクロソフトが配当を発表した2004年7月以前の5年間の"投資"・"回収"のバランスを見てみることにしましょう。

まずは横軸の"回収"をみていきましょう。
100億ドル超から150億ドル超という水準、配当発表の2004年は前年よりも落ち込んでしまっており、成長には翳りを見せています。

これに対して縦軸の"投資"は毎年横ばい、金額的には10億ドルの支出といった水準です。
回収が投資を大きく上回っていることから、マイクロソフトにはキャッシュがたまり続けている状態です。
よくいうと安定、悪くいうと停滞といった印象です。


ここでマイクロソフトの"蔵"の状況も見てみましょう。

毎年100億ドルくらいずつキャッシュが増え続けているのがわかります。

マイクロソフトが大型の株主還元を発表したのは、こういった状況のもとでした。
「自分たちには積み上がっていくお金の使い道が見つけられません、だから配当をします。」というメッセージを自ら株式市場に伝えてしまったわけです。

それはまさしく成長株としてのマイクロソフトの終わりを告げるものでした。だからマイクロソフトの株価は大きく落ち込んでしまったのです。
「配当するのだから株価が上がって当然では?」というわけではないのです。

事業・蔵・権力

今後の本レポートの中では、各業界の企業業績がどのようにマーケットから評価されているのか、各社の戦略と業績とのマッチング等を、様々なユニークな物差しを開発して、分かりやすく読み解いていけるものをめざしていきます。私の役割は、公表されている財務情報を、分かりやすく新たな視点や世界を加えて翻訳していくことだと思っています。

今回のレポートでお話した「蔵」は株主還元をする余力としての「金の卵」、「事業」は金の卵を生む源である「ガチョウ」に例えることができます。しかし、実際に株主還元がなされるかどうかはもう一つの要素が存在します。
それは「権力」、つまり金の卵を株主に分配しようとする「意思」を発する経営者の存在です。

どれだけ株主還元する余力があろうとも、権力者が「No」といえば、それは実行に移されません。

さて、あなたの勤め先、取引先、競合他社の3つのバランスはどうなっているでしょうか?
そこから、企業のステージが見えてくるはずです。





本レポートは、企業業績や財務状況を直観的に判断できるビジュアライズレポートが個人投資家を中心に高い評価を受けている当社グループ広報・IR部の丸山(元、銘柄分析サービスの(株)シェアーズ アナリスト)が、独自の視点で企業・業界分析しているレポートです。


2012.04.13



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